評論

劉霖が持ち帰ったある画集で康春慧の『碧桃図』を目にした。
『碧桃図』を多くの人に推薦し、読者はこう言って、絵の良さは名ではなく、その誠実と態度にある。
ある宇宙科学者は、私たちの自動車の材料と技術はドイツとあまり差がないが、結果は大違いだ。私達はどこがダメですか?仕事の態度にあるのだ、と話してくれた。
態度は抽象的な命題だが、態度は結果を決定することができ、やったことが良いかどうか、他人が一目明瞭だ。

特に絵の細密に、態度のほか、更に変化の気質の霊性が必要で、きちんとした細密画がいつも工夫にあり、工夫に苦心を重ねて、まさに細密画の旨だと思う。
康春慧はかつて、キジル壁画研究所で模写の壁画を二年あまり整理して、後へソウル大学へ平面ビジュアルとデザインを専攻し、広く言えば、絵画も平面視覚のもので、両者は一衣帯水で、離れてもいけない。
康春慧はまだ若いし、彼女はせっかく老僧のように淡々として、落ち着けて、彼女の絵は、きっと独特になるのだ。
懐一  2014年クリスマス日  北京画院『大将の門』編集長  二月书坊主人

 

伝統的な細密画の中の花鳥画の語彙の中で、宋徽宗(北宋の皇帝、画家)から于非闇(中国画家、1889年に生まれ)にまで、まだ何か新しい可能があるか。21世紀金陵(昔の南京の別称)から漂った風は人をしばらく浴びていた。人民も新しいものを望んでいるかもしれない。近日二月书坊で康春慧の作品を見て、確かに私を絵の前に引き寄せ、よく見たい。彼女の作品の面白さは、根の描きにあり、土の中に隠れて見えない物事の再説明にある。彼女はその真実の根を描いていない、根の形を花の成長する容器に作り、絢爛以外に一種の考えを加え、ある策略のほかのもので、それが花鳥画の作品の中であまり見かけないのだ。

呉洪亮 北京画院副院長 北京画院美術館館長